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生き延びる方法

少し間が開きましたが、東京での展覧会めぐり報告その3です。 東京都写真美術館で、「愛について アジアン・コンテンポラリー」展というグループ展が開催されていました。 中国、シンガポール、台湾、韓国、在日コリアン、日本の女性アーティストが出展していて、ジェンダーやセクシュアリティ、国際結婚、家族像、ナショナリティの問題など多様な背景が写し出されていました。 キム・オクソン《ヒロヨとマイケル2》2004年 チェン・ズ《我慢できる:身体/傷》2007-9年   この展覧会では、2人の作家のセルフポートレートが特に印象に残りました。 一人は、中国の作家のチェン・ズで、自傷行為をテーマとした作品《我慢できる:身体/傷》。 彼女は、自傷に対する自身の相反する感情について、「とても矛盾した行為」「自分を守るために自分を傷つける」「痛いほどの快感」「「幸せ」と「痛み」はいつも一体化しているものだと思う」と述べています。 実際作品を目にした感想としては「快感」や「幸せ」といったことは感じず、「痛み」があたかも自己のものであるかのように強く刺さってきました。   この時、チェン・ズの作品を観ながら松井冬子の絵画のことを思い浮かべていました。 切り裂かれた肉体、露出した内臓など痛々しいモチーフを描く松井の作品を、上野千鶴子が、「自傷系アート」と呼んだことはよく知られています。 松井には生き延びる方法として絵画しか無かったように、チェン・ズにとっても、自身のリアリティを体現するものとして、リストカットを写真に記録することだけが、唯一残された手段だったのかもしれません。 この「愛について」展を企画したキュレータの笠原美智子は、それを「死から遠ざかる、つまり自分自身を生かすための行為」と述べていますが、非常に的確に感じました。   須藤絢乃 <幻影 Gespenster>より 2013年   印象に残ったもう一人の作家は、須藤絢乃です。展示作品の一つ <幻影 Gespenster>は、実際に行方不明になった少女になり替わって撮影した一連のセルフポートレートで、キヤノン『写真新世紀2014』のグランプリを受賞しています。   地下鉄の駅や交番の前に貼られた少女たちの、古くなったままの写真。   須藤は語っています。 「じっと見ると「平成5年に、〇〇ちゃんが、どこどこでいなくなりました。こんな格好していました」って書いてある。それってよく考えたら、もう20年以上前なんだなと妙な気持ちになったんですよね。」   「彼女たちは、どこか別の場所で生きてくれていても、この写真とは全然違う存在になっているはず。そしたら一体私たちは何を探してるんだろう。そう思ったのが、「幻影」を作ろうと思ったきっかけでした。」   「写真の編集作業を続けていると、どこか友だちみたいな親近感もわきました。触れてはいけないものへの恐怖感というよりも、「この子たちはタブーのように扱われているけども、普通の1人の女の子なんだな」と感じるようになりました。」   須藤は深刻な病気になり、どん底だった時期に、この作品を制作することで先に進むことができたと言います。 行方不明の少女たちへの親近感。シリアスでネガティブな対象を、感傷を加えずフラットに演出していく写真。 これもまた生き延びるための、また別の、一つの方法なのかもしれません。(サトウ)

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